通関情報調査室

AEO輸出者ではたらく、元通関士のブログ Former REGISTERED CUSTOMS SPECIALIST

特殊通関② 小惑星探査機「はやぶさ」のカプセル

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特殊な貨物の通関事例として、小惑星探査機「はやぶさ(初代)」のサンプルリターンについて、文献を読み解き・整理しました。

2020年に、はやぶさ2がサンプルリターンをしていますが、はやぶさ(初代)は2010年のことであり、当時日本で前例のない案件
(日本から小惑星探査機を打ち上げて、小惑星サンプルを採取したあとカプセルをオーストラリアに着陸させ、それを日本に持ち帰る)でした。法令では想定されていないことが多々あったようです。様々な機関との調整があったことが下記文献からわかります。通関に関係する部分だけ見ても、非常に興味深く、勉強になります。

詳しくは、こちらの日本航空宇宙学会誌にまとめられています。
はやぶさカプセル帰還と諸制度(<特集>小惑星探査機「はやぶさ」の帰還と回収)

はやぶさの打ち上げ~カプセルの帰還

2003年5月9日
 打ち上げ(内之浦宇宙空間観測所

2005年11月20,26日
 小惑星イトカワに接地

2010年6月13日
 地球帰還(オーストラリア・ウーメラ)

2010年6月17日
 日本(羽田空港

2010年6月18日
 JAXA相模原キャンパス

関係省庁と法令の適用

 

日本(打ち上げ)

経済産業省
はやぶさの打ち上げに関して、貨物として輸出規制(輸出貿易管理令)の対象か?

このケースは当たらないという回答。

(考察):通常、ロケット・人工衛星の打ち上げは輸出にはあたらない。はやぶさの打ち上げも輸出の範疇には含まれないという判断だったのではないかと思う。税関の貿易統計にも輸出実績は見当たらなかった。

もし、輸出だと考えると、宇宙探査機は輸出令別表1 第13項(2)に該当で輸出の許可が必要となるはずである。もっとも、日本から打ち上げたら最後、元の状態には戻しようがなく、規制の対象物そのものは誰の手にも渡ることがないので、輸出許可を求める意味はないと思う。

オーストラリア(地球への帰還と日本への輸出)

AC(オーストラリア税関、現ACBPS オーストラリア税関・国境警備局)
カプセル本体、イトカワのサンプルの地球への帰還をどのように捉えるか?

輸入と判断。担当官が着陸地点のウーメラに出張して通関を実施。

  1. カプセル: 財務諸表上の原価1円(減価償却済み)で申告。関税、消費税(GST)は無税。
  2. イトカワのサンプル: 開封しなければサンプルが採取できているか確定できないが、隕石の一般的な市場価格を基に、サンプルの量を1g以下と想定して1円で申告、受理。
  3. その他アブレータ、パラシュート: どのように申告したか詳細は不明。上記カプセルと一式で申告されている可能性も。
  4. カプセル回収に用いる機材: 日本から一時輸出入する物品(アンテナ、防寒具ほか)であるため、ATAカルネの発給を受けて免税で通関。

(考察):アブレータの日本への持ち帰りについて
大型のものであれば再突入機の熱遮へい体として、輸出規制の対象になる可能性があると思う。ただ、はやぶさの再突入カプセル*1の重量は合計で16kgなので、規制には非該当だったのではないかと推測する。

AQIS(オーストラリア検疫検査局)
地球外からの物体に対する検疫作業はオーストラリアでも初めて。宇宙からの未知のウイルスが漏れ出した場合に、土地を汚染してしまうことを懸念。

着陸地点のウーメラで検疫官と同行した科学者がカプセルに破損がないかを確認。その後、宇宙ウイルスの危険性がないか評価を実施した。

日本(オーストラリアからの輸入)

農林水産省 / 厚生労働省
イトカワのサンプルは検疫対象になるか?

隕石等の礫は検疫の対象外(ウィルス検疫の問題の可能性はあるが対象は生物である)

対照実験のためのオーストラリア・ウーメラの土壌の輸入

土壌は植物防疫法第7条により、輸入が禁止されている。
ただし、これには例外規定があり、試験研究の用又はその他省令で定める特別の用に供する場合は、農林水産大臣の許可を受けて輸入することができる。輸入禁止品輸入許可申請を行った。

財務省(関税局 / 税関)
日本到着後の外国貨物の管理

カプセル、サンプルを外国貨物のままJAXA施設に持ち込むための手続きを取っている。

  1. 他所蔵置(関税法30条): サンプルを速やかにJAXAの管理下に置く必要があり、相模原のキュレーションセンターを一時保管場所として税関長から他所蔵置の許可を得た。(原則として、輸入許可を得ていない状態の外国貨物を保税地域以外の場所に置くことはできないため、その例外を認めてもらう手続き。)
  2. 他所蔵置貨物の見本の一時持ち出し(関税法32条、36条): 成分の分析等のため税関長の許可を得て、外国貨物の状態のままJAXA相模原からJAXA本部(調布)に移動した。(外国貨物は保税地域(他所蔵置含む)からの見本持ち出しが認められるが、その際は税関の許可を要する。認められるのは、取締り上、課税上問題がなく、かつ少量の物に限られる。)
カプセル、アブレータ*2、パラシュート等輸入申告価格、関税等について

オーストラリアから日本への輸送にはチャータ機が使われた。最終的に、関税・消費税を課せられることなく、輸入できたと思われる。

  1. カプセル: 関税定率法14条10号(再輸入免税)を適用。日本で製造したものである。
  2. イトカワのサンプル: カプセルを開封するまでサンプルが採取されているかを確定できなかった。開封作業を経て、目視では確認できない50μm以下のごくごく微量の粒子であることから、カプセルの付着物として解釈された。
  3. ウーメラの土壌: 関税定率法15条(特定用途免税)を適用。JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)は国の研究機関である。学術目的で豪州政府機関からの贈与である旨のレターを入手。

めでたしめでたし

正確を期してまとめておりますが、誤認がありましたら申し訳ありません。また、当時の法令と現在の法令が異なる可能性もありますので、ご了承ください。

togetter.com

過去には、アポロ11号の宇宙飛行士も月から帰ってきた際、税関に申告をしたそうです。申告書に CARGO: MOON ROCK AND MOON DUST と記載されています。このときは日本とは異なりご丁寧にDUSTまで申告ですね。

www.space.com

以前紹介した特殊通関

customsinfo.hatenablog.com

*1:小惑星表面より採集したサンプルを地球に持ち帰るための装置。再突入の大気摩擦からサンプルを保護するためのアブレーター、サンプルコンテナ、パラシュート、ビーコン送信装置などから構成されている。直径40cm、重量16kg。

*2:再突入の大気摩擦からサンプルを保護する